今を遡ること数十年、牡鹿の水面は静かに波風に揺られ 豊かな命をその懐に育んでいました

昭和30年、木村勝義と妻つや子は
を創業
天然ほやの仕入販売を始めました。

悠然と広がる大海原には現在見られるような養殖の筏もなく ゆっくりと時間が流れていました

  創業当時、ほやといえば天然もの。

船と潜水夫と契約を交わして仕入れていました。

潜水服に身を固めた潜水夫が、海の底から

ほやを集めるのです。

  昭和40年代には取扱いをほやにとどまらず、かきやあさりなどの地場の魚介類に拡げ、石巻市旧魚市場に

おける仲買店としての営業を開始しました。以来、全国の生協様をはじめ、各地中央卸売市場荷受各社様

ならびに地元石巻における鮮魚小売店様などのお客様に大変喜ばれる新鮮な魚介類を卸売してまいりました。

  昭和50年代になると、養殖技術が発達し安定した

ほやの供給がなされるようになりました。養殖ほやの

特徴は天然物に比べて殻が柔らかく、身も鮮やかな

黄色をしています。

(写真は石巻魚市場にて殻ほやの選別を行っている様子)

  初代社長である木村勝義は自ら現場にて率先して

作業にあたり、初代会長のつや子が一手に営業をひき

受け全国各地を駆け巡りました。

数々のお得意様に接しながら つや子は考えました

天然ものに比べプリっとした柔らか味のある程よい食感と

黄色も鮮やかな南三陸産の養殖ほやを

もっと広く多くの方々に紹介できないものかと...

人生の半分をほやに触れて過ごしてきた経験

その中で知り尽くしたと言っても過言ではないほやの知識

そして誰にも負けないほやへの愛情を注ぎ込み

一つの製品が誕生しました

『ほやのしそ風味』

ほやの身を細切りし 味付けは塩と味醂をベースに

本しそ葉を刻んで加えております

発売以来 おかげさまで好評を賜り

現在に至るまでニ十数年来のロングラン商品となりました

  時は流れて昭和61年、社名を 有限会社キマル木村商店 と改め法人化しました。水産業界のみならず

社会全体の環境がめまぐるしく変化し食品への安全意識が高まる中で、弊社では他の製品はもちろん、この

「ほやのしそ風味」の製造においても開発当初の基本姿勢を変えることなく、衛生管理の徹底及び工場運営に

あたっております。これはつまり、当時から現在の厳しい衛生管理基準に見合った合理的かつ衛生的な製造

工程を保ってきた証だと自負しております。

“こだわりの現場の風景をご覧下さい!”

写真左:初代代表取締役社長 故 木村勝義(平成11年没)  右:初代取締役会長 故 木村つや子(平成2年没)

国内におけるほや生産高第一位の宮城の海で

その手にほやをのせ 見つめなかった日はなく

文字通りほやと共に人生を歩み

「ほやのしそ風味」を生みだしたつや子は 

築きあげた伝統とほやへの思いを後任に託し

また 勝義は多くを語らず 正に生涯現場主義を貫徹し

静かに人生の幕を下ろしました

  今では多種多様な味付けほやが市場で見かけられるようになりましたが、その元祖はつまり、

「ほやのしそ風味」であります。キマルにとって「ほやのしそ風味」は単なる看板商品の域を越えた、

キマルのほやに寄せる情熱の集大成であります。従業員一人ひとりが先代の意思を胸に抱き、

妥協を許さぬ製品作りに日々精進しております。将来、ほやをとりまく環境がいかに変化しようとも

この姿勢はいつの時代にも共通する普遍のものと信じております。